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岩手県一関市 「マリアージュ」
岩手県一関市 マリアージュ

24年6月4日 24:00
それぞれ帰宅となりました。八丈組はもう一泊。
2泊3日で2ステージで、片道約7時間の車移動なので、とてもハードなスケジュールですが、皆さん、あまり疲れを見せず演奏して来ました。

24年6月4日 14:00
全てステージが終わり昼食も終わり、お世話になった関根さんご家族に別れの挨拶をして東京に向け出発しました。
たくさんのお世話、たくさんの話をしてくれた関根さんも、最後は言葉では表現出来ない硬い握手をして下さり、私達も又来る約束をして別れました。

24年6月4日 11:30
平日なので、来て頂いた方々はご年配の方がほとんどでした。
2日連続で来てくれた方もいらっしゃって、お水や手作りのお菓子を頂いたり、後で気が付いたのですが、花代と言ってお金まで頂いてしまいました。
大きな色紙に言葉を綴り、私達が来た今の心境を書いて下さって、渡して下さった方もいます。
八丈島に縁があるようで、昔八丈島に観光に来た写真を見せて見せてくれました。
これまでもそうでしたが、私達も応援されます。
人のふれあいが日本を救う何かになればと、実際に何もわかりませんが、続けて行きたいと思います。

24年6月4日 9:00
ホテルを出発、今日は近くの結婚式場のホールで行います。
11時半から本番なので、軽くリハーサルをし本番に備えました。
昨日もそうですが、新聞社、FMの取材、テレビの撮影もあり、去年の今頃とは違う雰囲気を感じました。

24年6月3日 12:00
ステージのリハーサルを終えて昼食を食べ本番、皆さんの心に残ってくれる事を望み叩きました。
八丈島と気仙沼は、海を繋いで縁の深いところのようで、漁師の方は、よく八丈近海に訪れていたようです。

24年6月3日 9:00
ホテルを出発、小原木小学校に向かいました。
今回の目的の一つで、八丈島の小学校が送った、大きな寄せ書きを拝見し、教頭先生に震災当時の話を伺い、今もなお動く、人の心の心境を聞かされました。
私達が、この企画を続けているのは、もちろん復興支援、太鼓の演奏や人とふれ合う事が必要だと思っています。


「小原木小学校、教頭先生の話」

当日、大きな地震が起こった時は、ちょうど下校時刻のため、1年生と挨拶を校庭で終えたばかりの時だったそうです。偶然そんな時間であったため、誰も下校していなく、それから全員が校庭に避難したそうです。

山の高台にある小学校ですが、校庭を作るのに半分は埋め立てたようで、その境目に大きな地割れができたそうです。

その日はたまたま誰一人休んでいる子もい無く、2日3日前の近日にも地震があったため、引き渡しを事前に練習していたようで、その日保護者がくることがスムーズだったそうです。

そして、いつもと違う大きな地震のため、校長先生の判断で、しばらく校庭で留まり、その校長先生の判断が良かったか、皆さん無事であったと話していました。

海の方を見ると、あちこちに炎が上がり、近くの山の裏側が、真っ赤に燃えているように見えたそうです。それが気仙沼の火事だったようです。

夕方過ぎてから、周辺を回っても情報は無く、朝になっても何も分からず、しばらく校庭にテントを張り避難を続ける事になったそうですが、一番必要とする食料は、住民の方がおにぎりを握ってくれたり、炊き出しをしてくれたので、食べることなどは不自由しなかったそうです。

現在、その校庭には、仮設住宅が並び、ご年配の方が住んでいるそうですが、授業で一緒に花を植えたり、普段は草取りなどして頂いているようです。


小原木小学校
画像の説明

小原木小学校
画像の説明

24年6月2日 20:00
関根太鼓の工場見学、そして、関根さんをはさんで、明日の本番の打ち合わせに入りました。
とても楽しい、いい方で、太鼓を作るスペシャリストです。
太鼓のことはもちろん、いろんなことを沢山教えて頂きました。

24年6月2日 16:30
そろそろ気仙沼に、
途中に事故渋滞もあり、餃子の注文遅れもあり、時間が掛かりましたが、安全第一で順調、現地到着となりそうです。

24年6月2日 10:00
気仙沼行き、スタートしました。
羽田からスタートし東北道まで渋滞も無く順調なスタートとなりました。
安全に楽しく行こう!

23年6月5日 郡山「ビックパレットふくしま」
郡山 ビックパレットふくしま

23年5月25日 宮城県七ヶ浜町「国際村」
宮城県七ヶ浜町 国際村

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